山中伸弥さん

Mr. Shinya Yamanaka

矢吹 竜雅
Yabuki Ryoma
福島県いわき市立藤間中学校 1年
Fukushima Iwaki Munincipal Fujima Junior High School

山中伸弥さんは、1962年に大阪に生まれた。父親は手先が器用で大阪市のミシン部品の工場を経営していた。
中学・高校・大学2年生までは、柔道に所属。高校時代には柔道二段を取得し大学3年生からは、ラグビーと根っからのスポーツマン!ちなみに手や足のなどの骨折は10回以上している。
妻は、医師で中学・高校の時の同級生。二人は大学卒業後の昭和62年に結婚。後に、二人の娘を授かった。
しかし、山中さんは最初からiPS細胞の実験をしていたわけではない。最初に目指したものは、整形外科医だった。国立大阪病院整形外科の研修医師になった。
しかし、直面したのは治すことができない数多くの患者がいるという現実だった。
有効な治りょう法のない患者に、接するうちにこういう患者さんを治せるのは基礎だと思い直し病院を退職。
1989年に、大学院に入学。研究を開始した。はしめは、いずれ臨床医に戻るつもりだったが、学位取得後はどうやったら人の倍研究できるかを考え研究に従事した。ほとんど寝ずに、研究を行うことも多く、ハードワークでは誰にも負けない自信があったという。
1993年に、アメリカグラッドストーン研究所へ博士研究として留学した。トーマス・イラリネティ教授の下iPS細胞の研究を始めた。
2003年から、科学技術振興機構の支援を受け、5年間で3億円の研究費を得た。
その後、奈良先端技術大学院でiPS細胞の開発に成功し、2004年に京都大学へ移った。
2007年からは、アメリカに構えた研究室と日本を、月に一度往復して研究を行っていた。
このように、山中伸弥さんは最初は整形外科の医師を目指していたのに、治すことができない患者が多く、自分には合わないと判断してあきらめ、最後にはiPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した。
ぼくが、感じたのはあきらめない事も大切だけど、自分に合わないと感じたら考え方を変え、自分には何ができるかを見極めることも大切だということが分かりました。

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中学1年生, 作文, 福島県いわき市立藤間中学校