「アートブック」を読んで

My impression on Artbook

牛久 美咲
Ushiku Misha
福島県いわき市立宮小学校 5年
5th Grade, Fukushima Iwaki Municipal Miya Primary School

わたしは、山中伸弥さんのことを調べてみることにしました。山中さんは、1962年に日本の大阪に生まれました。
山中さんは、中学・高校・大学二年生まではじゅう道部に所属していて高校時代にじゅう道二段を取得していて大学三年生からはラグビーと根っからのスポーツマンでした。
それから、父から医師になることを勧められていて山中さんは、日本人医師の著書「生命だけは平等だ」を読み医師になることを決したのです。
1982年に大学院に入学して研究を開始しました。
そして、奈良先たん科学技術大学院でiPS細胞の開発に成功し、二千四年に京都大学に移った。
わたしは、そのiPS細胞の開発に成功しただけでもとてもすごいと思いました。
2007年に山中さんたちは研究を進め、細胞を生成する技術を開発しました。
そしてわたしは、山中さんが言った言葉に感どうしました。それは、
「iPS細胞を一日でも早く患者に届けて亡くなった父にほめてもらうことです。」
と言うところでわたしは、山中さんの父さんがきっと山中さんをほめていると思いました。
わたしも、小さいころは「お母さんにほめてもらわなきゃ。」といつもがんばっていました。
たとえば、ほいく園をがんばって行ったらほめてもらえるとか、おみそしるをがんばって飲んだらほめてもらえるとかいつもそうでした。でも今は、お母さんはもちろんだけど家族やいろんな人にほめてもらえるようになりたいです。
わたしも、大しんさいというものがありとても大変でした。でも、わたしたちよりも岩手県などのつなみにあった場所の人などは、家もなくし、家族をなくした人もたくさんいます。それから福島県では原発と言う大変な事こもありました。わたしの家の中で大変だったのがガスも使えない、水も出ないということでした。その中で消防士、消防だん・じえいたいの人たちが助けてくれました。
わたしは、その助けてくれたみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。
そこでわたしたちにもできることはないかと考え、私はつなみのひがいにあった人に洋服をあげました。そしたらその人は、
「ありがとう。」
と、とても喜んでくれてわたしはとてもうれしい気持ちになりました。
なのでまた、そういうことをくり返しながら山中さんのように人を助けられてそこから人を笑顔にできるようなことを続けていきたいです。そして、みんなにほめてもらいたいです。

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作文, 小学5年生, 福島県いわき市立宮小学校